2009年7月1日水曜日

研究動向の定量化

キヤノンが研究動向を定量化,戦略決定を客観的に

 キヤノンの販売会社であるキヤノンマーケティングジャパンは,エレクトロニクス業界における研究動向を定量化する試みを始めた。これまで直感や感覚に頼ることの多かった研究開発における戦略決定を,客観的に行えるようにする狙い。

 キヤノンマーケティングジャパンは,新規技術に基づくイノベーションを継続的に起こすことを目指し,まずは多様で複雑な技術開発が進んでいるMEMS(電子機械システム)分野の研究について,この取り組みを始めた。多くの企業にとって厳しい経営環境が続くなか,企業における研究開発のマネジメントは重要性を増している。どの分野を,いつから,どの程度のリソースを割いて取り組むか。こうした研究開発マネジメントが,研究動向の定量化によってより最適化できる可能性がある。

 一般に,キヤノンのようなエレクトロニクス関連企業は,科学や技術の研究・開発の動向に基づいて技術戦略を決定し実践する必要がある。しかし,販売戦略の立案と比べて,客観的なデータに基づいた戦略構築は難しい。販売においては,売上高や市場シェアなどのデータがあるが,研究開発では具体的なデータがほとんど存在しないためである。あったとしても,特許の出願動向や特定の学会のトレンドなどに限られる。

論文データベースを活用

 キヤノンマーケティングジャパンが定量化のために利用したのは,学術論文データベースである。多くの学界で広く使われている米Elsevier B.V.の「Scopus」を使い,キーワード検索によって論文を分類,その論文数の年次変化などから研究動向を定量化している。このデータベースには,現存する査読付きジャーナルのほとんど(現存する1万6000誌中の約1万5600誌)が掲載されているという。研究動向の全体像をつかむ上で適切なデータベースと判断した。

 キヤノンマーケティングジャパンは,この手法の一端について,6月に仙台で開催された「2009年度組織学会研究発表大会」で初めて発表した(講演番号B18)。ただし,今回の発表内容は,手法の妥当さを検証しようとするものである。現段階では,研究動向の定量データを研究戦略の構築に生かせることを示したわけではない。

 今回の発表で検証したことは,MEMS技術を使ったセンサー(MEMSセンサー)やアクチュエータ(MEMSアクチュエータ)の研究が,黎明期(基礎研究期)にあるか成熟期(応用研究期)にあるかといった進度を推定できるかである。このため,まずは論文中のタイトル,アブストラクト,キーワードから「MEMS」とその関連語,さらにキーワードから「sensor」または「actuator」を検索する。これによってMEMSセンサーとMEMSアクチュエータの論文数の推移をまとめた(図1)。

 その上で,「study」やその派生語が含まれていると研究段階,「develop」やその派生語があるなら開発段階,といった具合にその論文の研究の進展度合いを仮定する。この仮定に基づいて分類した論文を発表年別に集計した(図2)。この結果,研究および研究開発が主体の時期と,研究開発および開発が主体の時期がある,ということを確認できたとする。

 さらに,同社ではMEMSセンサーとMEMSアクチュエータの市場データを重ねたグラフ(図1)などから,成熟期に特定の用途に向けた開発が急増したことで,デバイスが進化し市場が拡大したという推測も成り立つとしている。

 今回は,MEMSの研究動向について,一般に言われていることや,想定されることが,定量化したグラフから確認できたにすぎない。しかし,企業にとって未知の分野の研究動向についても,同様の手法で研究の進度を推定できそうだ。また,研究の進度以外に,参加すべき学会や共同研究にふさわしい研究室などを定量データに基づいて決められる。その企業にとって詳しい分野においても,見逃していた学会やジャーナルなど意外な着目ポイントに気付かされる可能性がある。


図1●センサー/アクチュエータ関連の論文数の推移と市場予測
(画像のクリックで拡大)

 MEMSセンサーとMEMSアクチュエータの論文数は,1985年ごろから緩やかに増加し,1997~1998年をピークに2000年ごろに向けて下降している。そして2001年以降は急増している。その後市場規模が拡大していることが分かる。キヤノンマーケティングジャパンのデータ(品川啓介,廣川秀児,武藤康永,「論文データベースの経営戦略への応用に関する研究」,「2009年度組織学会研究発表大会」,講演番号B18,2009年6月)。市場データは米IC Insights, Inc.の2009年の発表データ。

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