2009年7月11日土曜日

人材開発の費用を真っ先に削る企業に未来はあるの?

日本企業が、不況で真っ先に削る経費を「3K経費」と呼ぶらしい。
「3K経費」とは、交通宿泊費、広告宣伝費、交際会議費の3つだ。

 上記3つのほかに、人事のもう1つの「3K経費」が教育研修費。このところの不況で、リストラや採用抑制の渦中にある企業を中心に、コスト削減のため研修予算が見直されている。

 短期的なマイナスの影響が少なく、効果の即効性が高くない、と考えられがちな教育研修。採用費、時間外手当とともに、まず経費削減のターゲットになりやすい。長期的な視点で人材投資をしても、その投資リターンを得られるのはずいぶん先のこと。その前に、会社が傾いてしまっては元も子もない。つまり「背に腹は代えられない」という理屈で教育研修費は削られる。

 また、成果主義が日本企業に浸透して以来、会社は即戦力を求めて、社員の能力開発は自己責任とする風潮が強まった。コンプライアンス(法令順守)や内部統制など、組織運営上必要な知識を習得してもらう以外の能力開発は、社員の自己啓発に委ねる会社も少なくない。とくに、もともと学業優秀な人材を採用していると自負している金融機関は、この傾向が強い。

 人材開発責任者は今年度や来年度の教育研修の実施計画について、内容、量、金額の見直しを迫られている。

 日本の人事部の代弁者、野々村さんが勤める中堅流通チェーンのマルコーでも、教育研修の見直しが「緊急対策プロジェクト」のテーマに挙がっていた。

まずは外部セミナーへの参加を見送る動きが顕著

 金曜日の午後7時、人けの少ないマルコー人事部の事務所。「緊急対策プロジェクト」の会合を終えて戻ってきた野々村さんと、研修企画担当者が、教育研修費の削減について話し合っていた。


 「経営企画室からは、売り上げが2割弱落ちてきているし、このままじゃ店舗閉鎖もあり得ると聞いています。出張費や交際費もカットされている中、教育研修費の削減は避けられないと思うのですが・・・」

 「まずは、すぐに実行できる、外部セミナーの受講を控えるようにしましょうか。来月から外部の有料セミナーへの社員派遣をストップしようと思っています」

 外部セミナーへの参加を控えたり、参加人数を減らしたりする手立ては即実行できる。実際に、毎年2月に催されるアジア最大級の人材開発展示会で、日本企業の人事・人材開発担当者が集う「HRD JAPAN 2009」の延べ参加者数は、主催者側の発表によると、約4700人で、前年比1800人(28%)減ったようだ。

 また、知名度の高いビジネスパーソン向け公開講座でも、最近、企業派遣の参加者が顕著に減っているらしい。一方で、不況をサバイバルするため、若手社員向けビジネス基礎知識を教える講座は盛況らしい。

社内研修にも手をつける


 野々村さんが問いかけた。「来期の社内研修はどうするつもり? 外部セミナーの参加費は、社内研修の費用総額に比べたら微々たるものだよ」。

 研修企画担当者が言う。「まずは研修を行う日数や場所を見直して、研修にかかる交通宿泊費を抑えようと思っています。参加者を絞り、研修の回数を減らすことも考えています」「全体のラインアップも見直そうと思っています。とくに、外注している研修は、研修の質をできる限り落とさずに、個別の研修ごとに、研修の内容、回数、講師を見直します。具体的には、接客やマナー研修などは、外部講師に頼むのではなく、自分たちでプログラムを作り、社員を講師にする“内製化”が可能だと思っています。そうすれば、外注費をまるごと節約できます」。

 担当者の説明が一通り終わったが、野々村さんはその答えに満足していなかった。

 「手立てをいろいろ考えてくれてありがとう。でも、そのやり方で、本来目指している人材開発の目的と効果は達成できるのかな? 個別の経費カットの積み上げも大事だけど、今回の危機をきっかけに、教育研修投資そのものを見つめ直して、選択と集中を図れないかな?」
「米百俵の精神」は今いずこ?

 小泉純一郎元首相が所信表明演説で引用した「米百俵の精神」(原山建郎『小泉首相が注目した「米百俵」の精神(こころ)』)という逸話がある。

 戊辰戦争で敗れて財政が窮乏し、藩士たちが食うや食わずの日々を送っていた長岡藩に、見舞いの米百俵が送られてくる。しかし、藩の大参事、小林虎三郎は、藩士たちを説き伏せてその百俵の米を売り、その代金を藩の将来を担う人材を育てるための「国漢学校」に注ぎ込んだ。(長岡市役所ホームページ)

 「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」(山本有三『米百俵』)。小林のこの言葉は、まさに足元の日本企業にも当てはまるのではないか。不況で企業の“財政”が厳しくなる中、私たちは、百俵の米を空腹に任せて食べ尽くしてはいないだろうか。

もともと少ない日本企業の教育研修費

 典型的な日本企業には、「人を大事にする」というイメージがある。しかし、日本企業の教育研修投資は、世界各国に比べ少ない。ASTD(アメリカに本部がある、世界最大の人材開発・組織開発の非営利団体)が行った国際調査(2003年)では、給与支払総額に対する研修費用の割合は、米国と欧州では2.2%、カナダが2.8%、中国が4.8%であるのに対し、日本は1.2%だ。

 1983年から2002年までの日本企業の教育訓練費の推移を見ると、バブル期の1988年がピークで約6000億円だったが、2002年には1000億円減で、約2割減っている。(厚生労働省の「職業能力開発の今後の在り方に関する研究会」報告書(平成17年)」)

 その後、2006年には5500億円くらいにまで持ち直している(矢野経済研究所調査)。一方で、米国企業の人材育成投資総額(社内人件費を含む)は、2006年に約1300億ドル(約13兆円)に上る。日本とアメリカでは人材育成投資の構成費目が異なるので、一概に比較できないが、日本が金額面で見劣りするのは確かだ。

 また、厚生労働省の「平成18年就労条件総合調査結果の概況」によると、労働者1人当たりの月平均教育訓練費は約1500円であり、年額では1万8000円(社員数1000人以上の大企業は年額約2万7000円)だ。ビジネススキルの1日公開セミナーの価格が、おおむね1万5000~6万円程度なので、1日受講したら個人の年間予算は使い切ってしまう。

 経営環境や利益構造の変化、企業の短期的利益追求の下、既に日本企業の人材投資は減少傾向で、国際的にもその水準は決して高くない。私たちは、それをさらに削ろうとしているわけだ。

教育研修も選択と集中が大切

 足元の経済・収益環境が厳しいため、教育研修費を削る場合、どうしたらいいのだろうか。野々村さんが指摘している通り、「本来の人材開発の目的と効果を達成する」ため、教育研修の内容を練り直すべきだろう。

 まずは、人材開発課題に優先順位をつけ、優先度の高い課題に焦点を絞る。そして、不要不急の課題は先送りする。優先順位をつけるには、当社の事業戦略や経営方針に照らして、「人材開発において何を強化するか」を明確にしなければならない。

 こうなると、人事部は、「研修予算」や「研修内容」だけに目を向けていても、教育研修を見直すことはできない。どのような教育に力を入れるのかは、「この苦しい局面で、当社はどんな人材、能力を必要としているか」を、社員に対してはっきりさせることにもなる。

 従って、人事部が本来考えなければならないのは、研修会場の費用を安くしたり、研修日数を減らしたりすることではない。なけなしの研修予算を有意義に使うため、どんな人材開発課題に集中し、どんな教育を選ぶかだ。

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